2012年2月29日水曜日

もう春が

今月も今日で終わり、明日から3月である。まだまだ寒いし、本格的な春を感じるのは4月に入ってからであろう。それでも今日は昼過ぎまで雪だったが日が指してきたら雪かきしたところは溶けてきている。玄関のドアの金具が白く凍る度合いによって寒さを判断している。昨日は真っ白だったが今日は白くならないようである。予報では今日から最低はなってもマイナス1℃か2℃である。今日は春を告げる雪であってほしい。

昨日はお天気が良かったので家内を整体に送った後で出早(いずはや)神社から川伝いに上っていった。深いところはないが砂地のところは青く見えるから水がきれいなことが分かる。今は落石で危険なので行けないがこの先に何とかの水と云われている湧き水が崖の途中から出ている。以前通った時に車で来て汲んでいた人がいた。向こう岸に渡ろうと幾つかの石をまたいで最後の石に踏ん張りをかけて渡ろうとしたら滑ってしまった。水しぶきがかかってそこが凍っていたのに気がつかなかった。冷たい水に踝まで濡れてしまったが登山靴を履いていたのでたいしたことはなくてすんで、濡れてもそれほど冷たく感じないのは暖かくなった証拠かなと思ってうれしかった。

春になるといつも童心になって歌う賛美歌がある。聖歌(総合版)710番である。

1.原に若草が青く萌え出すと 雪解けの水が高く音立てる
2.風が柔らかく野原を通ると 木の枝が揺れてさらさら囁く
3.遠くで家畜の声が聞こえると 近くで小鳥が何か歌いだす
4.創られたものは春の日を浴びて 春を創られた神様褒めてる
くりかえし
私たちも春の喜びを歌おう
春を創られた神様を歌おう

ハレルヤ

2012年2月28日火曜日

パウロが語る福音

今の時のいろいろの苦しみは、将来私たちに啓示されようとしている栄光に比べれば、取るに足りないものと私は考えます。
被造物も、切実な思いで神の子どもたちの現われを待ち望んでいるのです。
それは、被造物が虚無に服したのが自分の意志ではなく、服従させた方によるのであって、望みがあるからです。被造物自体も、滅びの束縛から解放され、神の子どもたちの栄光の自由の中に入れられます。
私たちは、被造物全体が今に至るまで、ともにうめきともに産みの苦しみをしていることを知っています。」(rom 8:19-22)というパウロのことばがある。

福音的な教会で聞くメッセージに人間の救いは語られても被造物が贖われることは殆ど語られていないように思う。救いの完成がなされれば必然的に贖われるという前提があるからだろうか、それだけではないように思う。どこか矮小化されているような感じを受けなくもない。

聖書を読んでいるとパウロの熱い思いが伝わってくる。同胞から命を狙われても「もしできることなら、私の同胞、肉による同国人のために、この私がキリストから引き離されて、のろわれた者となることさえ願いたいのです。」(rom 9:3)と告白し、「私は、あなたがたのために受ける苦しみを喜びとしています。」(col1:24)とコロサイの信者に語っている。その根底にあるのは、彼は地に倒れて、『サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか。』という声を聞いた。彼が、『主よ。あなたはどなたですか。』と言うと、お答えがあった。『わたしは、あなたが迫害しているイエスである。・・・』」(acts 9:4-5)。キリスト者を迫害し、それが神のお心と思っていたその思いは砕かれ、断罪されずにパウロに与えられていたのは主の赦しであった。このことがパウロの生涯を貫いているように思う。そこにあるのは同胞のためでも、異邦人のためでもなく、主のお心のままにといった方が正しいのかもしれない。そのためにパウロは命を厭わなかった。赦された者が応答する最高のものである。

気宇壮大な救いの完成を思うと想像すらできない。サルの現実は湖上を歩こうとしたペテロが「・・・、風を見て、こわくなり、沈みかけたので叫び出し、『主よ。助けてください。』と言った。」(matt 14:30)。ペテロに、お前と一緒にされたくないといわれそうだがそれ以下なのである。しかし、パウロの語ろうとしている一端なり、さわりなりにでも触れたいものである。これは読むだけでは分からないであろう。妻の一言でカッとなる我を見て思う。







2012年2月19日日曜日

つい

「ある夜、彼は界隈を仕切る悪評高い暴力団に単身でつっかかってゆく少女を見て、ついつい助けてしまう。
その少女の向こう見ずさにかつての自分を思い出し、長くくすぶり続けていた男の心に再び火がつく。」


こちらは諏訪圏の3市2町1村の図書館から借りることが出来る。検索して予約して借りたりしている。どこでもそうだが借りた本に何日までに返してくださいという紙がはさんである。以前ははがき半分くらいのコピー用紙だったが最近は経費節減のためか印刷された紙の片面がサラのを使ってそこにコピーして、それも幅2センチ弱、長さ10センチ強の小さな紙になっている。

この間借りた本には上記の言葉が印刷された紙だった。興味を持って検索したら「煙が目にしみる」石川渓月著であった。早速検索したら諏訪図書館にあり、予約をして読む。読む本は殆どキリスト教関係だから娯楽小説はこれで2-3冊目くらいである。借りて一気に読むが気がついたら夜中の2時を回っていた。キリスト教関係は読みやすいのでも理解するのに苦労しているから肩がこらずに読めるのがうれしい。しかし、以前読んだものとなんとなくパターンが似ている。こういうものなのかな。フィクションだから人が興味を持つように書くのだろう。たまにはこういう本もいいものだ。

2012年2月18日土曜日

お経

15日にIさんの告別式に集会のみなさんと出席した。こちらに来て初めてであり、殆どキリスト教式だから仏式はほんとに久しぶりである。仏式は細かいところが個々に違う。JAホールだったからそれほどうるさくはなかったように思う。これがお寺でやるとまた違うようだ。それと家々によっても違う。

お坊さんのお経を聞きながら思ったことは、お寺でやったらそれなりの重みがあるだろうがホールではなんとなくむなしく響く、ところどころの言葉はわかり、経文を読んでいるだけでなく、それなりの仏教の哲学を語っている部分もあるだろうと思って聞いていた。聞きながらかつてのカトリックは礼拝はラテン語で語られていたらしいから当時の信者はわからないことばで神父の話なり、礼拝の祈りを聞かされていたのと同じかなと思った(実際は過去も現在も知らないので憶測)。お経は短く、そのような部分を説教のように語っていけば葬式仏教などと言われないですむのにと思った。わかりやすいことばで語られたらお互いに益するのにと思った。

もう大分昔だが伯父の葬儀の時、鶴見の総持寺で行われて、従兄弟とその子供さんたちに伯父の本家に当たる従兄弟と私が列席した。人も少なく質素な葬儀だった。その時はお坊さんが数人、若いお坊さんもそのくらいでお坊さんのほうが多いくらいの感じであったように記憶している。お坊さんが唱えてる読経を思い出して、音楽のような楽器か合唱かどこか荘厳さがあった。音楽として聴けるかなと思ったが失礼かな。それはそれで理解されても、しかし、分からぬ経は仏教の衰退を招くのではないだろうか否既に招いている。危惧されて頑張っているお坊さんもいるようだ。勿論キリスト教も安泰ではない。何度も書くが「今日の律法学者、パリサイ人はキリスト者」の危険性を持っていると思っている。自分もその自覚がある。だからといってどうすれば良いかは具体的にわからない。こちらも危機感はないでもない。


2012年2月14日火曜日

緊急の時に

日曜日の朝、携帯がなったからとったら、「主人ダメかもしれない」と沈んだ声で言われた。最初、声が少し違うがkさんかなと思った。また息子が何かと思ったが主人ではないしと聞き返したらIさんの奥さんのT姉だった。

日曜日で前日からファミリーが泊まっており、東京からMファミリーも来る。最初集会が終わってからと返事したが、どうもそれではと集会の場所に荷物とファミリーを置いたらいくことを約束する。結局11時頃になってしまった。それでも午前中に行けてよかったと思った。最初ひとりのつもりだったが二人のほうがよいのではと家内と共に行く、途中電話があり、わざわざ来なくてもとの言葉だったが途中であることを言って、病院で待ってもらうことにした。

病室に案内されて、Iさんは静かに眠っているようで、吸入器をつけてはいたが自分で呼吸をしているといっていた。ちょっと運動をした後のような大きな呼吸だった。朝、トイレで起きて階段から滑って頭を強く打ち、外形は余り変化はなかったが骨が砕け、脳がずれていて、崩れている部分もあるとか。意識もなく反応もないが声をかける。身体も大きいのが災いしたのかもしれない。二人だけの生活だったから彼女のお母さんも一緒にいて、その後も一緒にいてくれていたようだ。集会が終わったら来る約束をして辞する。

昼食の時間に戻り、食事をしながら経過を報告する。午後の集会を終えるとすぐ車に分乗して病院に向かう。時間を言っていたので二人は待っていた。M兄姉を含めて総勢10人にもなった。初めてメッセージを聞いてくれたS姉のご主人も来て下さった。Iさんの妹さんも加わり、狭い病室はいっぱいになり、そこで聖書を読み、祈り、2、3人の人が語りかけて、サルが最後に祈ったが神に語るような彼に語るような祈りになってしまった。お医者さんがだめといわれても穏やかに眠っているようで大きく呼吸をしているのを見ていると意識は戻るのではないだろうかとつい思ってしまう。内出血が最初耳からそして鼻から、最後は口から出るようになり、午後尋ねた時は、画面のマーカーが少なくなっており、呼吸も眠っているような穏やかなものだった。それでも何日かはと思ったが5時過ぎに事故り、夜の10時頃に亡くなる。

胃の検査をして、内視鏡か開腹かの結果が21日にわかるのでその心配はしているだろうなと思っていた。そして、日曜日は東京からM兄が来るからそれも楽しみにしていた朝に起きた出来事である。
どこかシャイで几帳面、自分の身体に関してはとても心配していたようなところもあった。まさにあっけない死である。しかし、彼らしい死であるような気がする。家内の家での家庭集会から来ているといわれ、長い付き合いである。最初は、姉妹の監視役的なものだったらしいが4年前にM兄がこられるようになってから積極的に集うようになり、口では言わなかったが態度や行動は信じている姿であったように思う。葬儀は仏式になるようであるが姉妹のこれらからを祈っている。

いざという時に人の本質がわかるなと思った。今回もサルの一面を見せられた。集会があり、お客も来ており、それが先に頭に浮かんでしまった。お客はナビを持っているから住所をあるいはM兄が家の前を通るから誘導すればいい。少ないメンバーといっても1~2人いなくてもどうってことないのにそれが頭に浮かばない。病院にいくべきを一番にしなければならなかったのに何が一番かを考えないで守りの姿勢になってしまう。こちらは、都会と違って因習やしきたりが強い。それに姉妹はおとなしいから自分の意向を通してまでもないだろうと思ってしまう。本人の意向を聞けばいいのに、そんなイメージを作り、そこから物事を推測して、結論を出してしまう。そして、その上で行動を起こしてしまう。それは、前に出ることが出来なくて、どこか引いてしまう性格が行動パターンに出るのである。まず第一に優先すべきは何か、そして、推論ではなく、事実の上に結論を出す。出来るかな!





2012年2月11日土曜日

時代の流れ

パナソニックがVHSのビデオレコーダーの生産を終了したことがネットのニュースに出ていた。いつか来るであろうと思っていたがついにの感がする。今、電気店で売っているビデオカメラは手のひらサイズになっている。サルが売っていた頃はあの大きいビデオテープそのままが入っていたから、今のハンデイな業務用よりも大きい代物であった。息子がソニーの小型テープのビデオを買ってきた時はコンパクトに驚いたがそれも今は過去形の更に過去形の代物である。

以前勤めていた時、そこの主人は、昔電蓄(ラジオとレコードプレーヤが一つになったもの)を組み立てて売っていたと言っていた。しかし、その当時電気のことは殆どわからなかったのに驚いた。でも今その気持ちが良くわかる。何事もその流れの中に留まっていないとだめだなぁと思った。それと、神田の駅前に会った小さなお店だったがいつだったかわからないが高度成長期に入る前、多分昭和20年代だと思うが松下幸之助が来たこともあり、三洋の創業者の井植歳男も一度ならず来られたといっていた。個人的にアンプを組み立てていた頃、真空管は松下のを使っていた。その箱jを開けると「共存共栄」(多分、半世紀前なので)と書かれていた。お客も販売店も会社もとも利益を得るという意味だったと思う。会社も会社自体だけでなく社員もその恩恵に預かることは勿論である。今は大分違うようではなるが。

テレビで地元のニュースを観ていたら廃線になる長野電鉄屋代線の特集を流していた。これも時代の流れか、その中で唯一駅長が居る駅を映していた。その中で切符も昔の固いものでそれに日付を入れる機械もチラッと見えた。昔はどこでも見えた駅の窓口の風景である。日付を入れる機械は昔勤めていた会社が独占的に作っている日付器である。これも懐かしい。

生活が便利になり、時代の変化の速さを見ているとその変化の中に脈絡がなくなってきているように思える。速さと効率化が人を物を分断しているような、そんな感じを受ける。あるいは分業化して、より専門的になり、まさに歯車のひとつのようになって全体が見えなくされているような気がしないでもない。昔、NHKで「向こう三軒両隣り」というドラマがあったように記憶している。題名のように隣近所の連帯感があった。個人主義がそれをばらばらにしてしまったように思う。時代の流れは大河の流れのようにゆっくりとあるいは速く流れて、人が押しとどめることも戻すこともできない。原発の事故でも如何に深刻であるかがわかっていても、身近な利益の為にやめることができない。あるいは個人ではどうすることもできない姿を見る思いがする。年寄りのセンチメンタリズムか。

2012年2月6日月曜日

春遠からじ?

朝起きたときに最初にやることはファンヒーターのスイッチを入れることである。そして、そのとき温度を見る。先日の朝は-0.6℃だった。今冬最低である。それから少し寒さは和らいでいる。しかし今週末はまた寒波が来るらしい。明日の予報は雪でなく雨、しかし、まだまだ寒さは続く、ほんとに暖かいと感じるのは3月にはいってからではないだろうか。でも、寒さが和らいでいるのを見ていると春がもう近くに近づいているようでなんとなく心和らぐのである。

暦は最も寒いなと思うときに立春である。立冬も11月はじめ、まだ寒さはさほどではないときである。こんなのをみると日本人の気質は、目の前の現実に目を留めないで、先々をみているのではないだろうかなんて思ってしまうがどうなのだろうか。サルの中にも現実逃避的、かつ何とかなるだろう的思考があるからそんな風に見てしまう。どちらにしても寒さの向こうに春が見えることはうれしい。

2012年2月3日金曜日

苦しみを通して神に近づく

上沼先生の著書の題名をそのまま題名に書いている。
実はこの間上京した時にK姉妹と交わって、その後メールをいただいた。その中で集会に見えてない三人の姉妹とコンタクトをとっていて年明けてからようやくコンタクが取れるようになったとあった。三人とも気になっている姉妹たちだからとてもうれしかった。その中のひとりはサルがいるときすでに集会に集っていなかった。もうひとりは集会で下さった兄姉の書き込みに「また変人がひとり居なくなってさびしい」と変人では互角の勝負をしている姉妹である。あとの一人は住まいが遠いのと仕事が忙しいので日曜日に集うのは大変かなと思っていた。勿論それだけではないとは思っている。そんなことで何か姉妹たちに適当な本を探してみると返事を書いて、頭に浮かんでいたのが上沼先生の上記に記した本で、三部作の一番目の本である。

前にも書いたが教会はある人にとってはすこぶる居心地のいいところである。まさに週に一回の至福の場所である。そういう人が居るということは、逆にある人にとってはすこぶる居心地の悪いところでもあるということだ。意心地のいい人にとってはそれはそれで感謝すべきことであるがそこに問題はないわけではないであろうと思う時がある。それが何であるかはわからない。ただなんとなくそう思うのである。集いにくい人が居るということが何かを語っているような気がしないでもない。

ハーベスト・タイムで中川先生はメルマガでこのようなことを書いていた。「西洋の神学には、ある盲点がある。それは、「苦難の意味の喪失」である。それは恐らく、物質主義や成功哲学の影響を受けた結果起こっている現象だと思われる。しかし、苦難は神の計画の一部である。苦難や試練は、私たちの品性を練り、私たちを完成へと導く力となる。試練の中での霊的覚醒(目覚め)は、神の特別な祝福である。」。神学はわからないが言っていることはなんとなくわかる。これはサルの憶測だが教会は良いことは前面に出すが負的はものはあまり出さない。というより避けている。そして優等生の信者を育てようとしている。だからある枠からはみ出る人はスポイルするしかない。著者は詩篇77年をベースに書いておられる。77編の一節にある「私は神に向かい声をあげて、叫ぶ。」の言葉を引用して叫ぶことの大切さを書いておられる。


教会員は優等生でないといけないけれどキリスト者は劣等性であることが大切であると思っている。根拠はない。しかし、ルカの福音書の15章の二人の兄弟の姿を見ていると悔い改めやすいのは劣等性の弟であり、優等生の兄は難しいというよりできない現実を示しているようである。次の日曜日に話をするのだが話は苦手なのでこんなことで話の準備をしながら気を紛らわしている。



2012年2月2日木曜日

家計簿を作っていて

こちらに来て、ニッセイさんに家計簿をもらったので、その流れで出費だけの簡単なものをつけている。今年のは、本屋でいいと思って買ってきたがつけにくいので、エクセルで作ってみた。月単位のものと日々のものの二種類である。

最近エクセルは表のようなものを作るだけで計算できるものは作っていなかった。以前に設備の仕事をしていた時に、電力量や水道量などの集計しなければならないものを作って以来である。XPのエクセルの本があるのでそれを見ながらやったら久しぶりながら思ったより簡単にできた。最初は合計のところを個々にやっていたが試しにマウスを動かすだけで出来ることもわかった。一月のを入力していて、コピーを使うと更に楽である。それと簡単であれ自分の作ったものが数字を打ち込んでいくと数字が加算されていくを見ているなんとなくうれしくなる。それと簡単に集計できるのも有り難い。

昨年のクリスマスの地図をエクセルで作ってみたがパソコンで出来るものは簡単なものしかできない。一事が万事という言葉があるが信仰も信仰生活も然りであることを思う。それと簡単で便利なことはいい事だが本来こういうことってどうなのだろうと思った。

島根県にあるキリスト教主義の愛真高等学校では労働を大切にしている。お米や野菜を作り、養鶏やパンも作っているようである。勿論、地元の農業をやっている方のサポートはあるのだろうが。新潟市の郊外にある敬和学園も労作を必修科目としている。礼拝と同じように大切なものとしている。人間形成に欠かせないもののようである。エクセルからちょっと飛躍があるが効率主義は必ずしもいいことではない。人はそれを求めるが。信仰のありようあるいは人間存在が効率主義に陥って、表向きは存在していることを大切にしているようで内面的には否定しているような気がする。