2009年6月23日火曜日

失うということ

 20年近く前に読んでターニングポイントとなった本がある。題名が「神の素晴らしいご計画」、原題が「GAINING THROUGH LOSING」英語の分からない私でもなんとなく意味が分かる。

 この本を読むまでは神の祝福は与えらていくものだと思っていた。だから与えられなかったら神の祝福がないか不信仰だからと、しかしこの本を読んで、むしろ逆であることを知る。そして間もなく失業するがこれは神からのものと思えた。ここから祝福の視点は変わってしまった。しかし現実の生活は厳しいものがあるが、
本の中にあった詩を。

「宝」
一つまた一つと、神は私から取り去られた。
私がこの上もなく価値ありと思っているすべてのものを、
私の手がからになってしまうまで。
ピカピカ光るくだらないものは
皆なくなってしまった。

私はそれを悲しみながら歩いていた。
貧乏というぼろをまとって。
そして、ついに私を招く神の御声を聞いた。
「あなたのからの手を、私にあげなさい」と。

私は両手を天に向かって差し伸ばした。
神はご自身の素晴らしい富で私を満たしてくださった。
両手で持ちきれなくなるまで。

私はついに自分の愚かな鈍い頭で悟った。
神はすでに満たされている手に、
ご自分の富を注ぐことはおできにならないことを。

「神のすばらしいご計画」より」マーサ・スネル・ニコルソン

もうひとつの祈り

「病者の祈り」
大事をなそうとして力を与えてほしいと神に求めたのに
慎み深く従順であるようにと弱さを授かった
より偉大なことができるように健康を求めたのに

より良きことができるようにと病弱を与えられた

幸せになろうとして富を求めたのに
賢明であるようにと貧困を授かった
世の人々の賞賛を得ようとして権力を求めたのに
神の前にひざまずくようにと弱さを授かった

人生を享楽しようとあらゆるものを求めたのに
あらゆることを喜べるようにと生命を授かった
求めたものは一つとして与えられなかったが
願いはすべて聞き届けられた

神の意にそわぬ者であるにもかかわらず
心の言い表せない祈りはすべてかなえられた
私はあらゆる人の中でもっとも豊かに祝福されたのだ

『ニューヨークリハビリセンター研究所の壁に書かれた患者の詩 (作者不明)』