2017年12月7日木曜日

我が家は


このところ快晴が続いてお天気は良いのだが気温が上がらない。布団を干して温かくなったという感覚は少ない。2時を過ぎると日が差していても傾いているから冷たいのである。
予報を見ると明日あたりからさらに寒くなりそうである。明日は雨か雪にもなりそうで体感的にはさらに寒く感じそうだ。この日曜日には千葉や東京からクリスマス会のために来てくださるからそのこともあって色々気が気ではない。こちらはそれほど雪は降らないがそれでも冬は寒く、時には雪に見舞われる。何時だった丁度クリスマス会の時に雪に見舞われたことがあった。それでもそれ程でもなく、子供さんたちは喜んでくれたからよかった。4月初旬位まで来られる時に絶えずこのことが頭にある。遊びだったら雪は大歓迎であるがそうでないと降るなとは言わないが少しずらしてとの思いが正直な気持ちである。少し前の週間予報ではズーと快晴だったが明日の昼前後と日曜日の後半は雪の予報になっているどうなるか心配である。

朝起きたときに温度計を見ている。このところ9℃、8℃、7℃と落ちていて明日は更に低くなりそうである。それでも最低気温はそれほど違わないので助かっているがそれはいつまで持つか?暖房をつけなければ我が家は完全に冷蔵状態、これがチルドとなる可能性がある。過去のデータをみるとやはり1月2月が寒い。この時に我が家はチルド状態が何日かあった今冬もそうなるであろう。それでも不思議なもので慣れの所為もあるのかそれほど寒いという感覚はない。

振り返ってみれば寒さだけではなく、色々な形で守られてきた。勿論贅沢はできなかったしこれからも然りであろう。弱気になる時も正直あるけれどギリギリのところで守られてきた経験の積み重ねである。これからも然りであろうがこの経験は力と慰めになる。正直「主よ、私にももう少し…」という思いは時折あり、現実離れした願いも持っている。ダビデは神殿を見ることが出来なかったがその建設のために資材を用意した。これは次の世代のやることと認識していたから(2サム8章)彼にとって神殿を見ることを切望していたわけではなかったであろう。自分が何かをやるということに二つあると思う。今、現実にと未来に備えてとである。私はどちらかな…。

我が家は冷蔵庫にと書こうと思ったのにこんなになってしまった。まぁまず文章を打つことだからこれだけ打てればグーであるということにしよう。

2017年12月4日月曜日

聖書雑感



1john: 1: 1
初めからあったもの、私たちが聞いたもの、自分の目で見たもの、じっと見つめ、自分の手でさわったもの、すなわち、いのちのことばについて、

ヨハネは福音書で
john: 1: 1
初めにことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。

「ことば」、「ことば」、「ことば」とことばが続く、言うまでもなくイエス様のことである。「あらゆるものの初めにイエス様はおられた。そして父なる神とともに、この方は神であられた。」と、誰にも何も言わせないほどの気宇雄大さをもって宣言しているといってもいいのではないだろうか。


そしてヨハネは手紙の中で静かに語りかけているかのようにイエス様のことを語りだしている。天地創造の初めから居られた方であり、ことばにいのちを持っておられる方が語るのを私はこの耳で聞き、この目で見、そしてこの手で触ったと告白する。それは疑いようもない事実だと宣言しているようなものである。私たちにとっては信仰を必要とするものであるがヨハネにとっては現実なのである。そこにに強い説得力がある。

一世紀も終わりになると今日と変わらない異端が忍び込んできていたようである。そのような時にイエス様と共に過ごされたヨハネの言葉はどれだけ人々を力づけたことであろうか。

五感をもってイエス様を覚えることができたことは信仰が揺らぐ時にフッとうらやましさを覚える時がある。

2017年12月3日日曜日

釜口水門と何時もの湖畔より




釜口水門の噴水

釜口水門

魚道 こんな流れの激しいところを魚は上れる?


釜口水門より見る八ヶ岳連峰 雪はそれほどでも

いつもの湖畔より富士山を

木々も冬支度


2017年12月2日土曜日


今日、残っている野菜を収穫してきた。
と言っても大根数本、チンゲン菜に小松菜、それに春菊の葉の部分を選別したのを合わせてスーパーの袋三つくらいにしかならない。藁を刻んだのと苦土石灰を撒いて耕そうと思ったが半分以上に霜が降りているのと手袋しているのに手がかじかんで左の人差し指はしもやけみたいになってしまった。藁だけを撒いてそれで終わりとした。多分藁も来春まではそのままだろう。畑は今は1/3は春まで凍土?、1/3融けたり凍ったり、1/3大丈夫であるがその内、来春までみんな凍土?になってしまう。直線距離で4㎞にも満たないのに住まいとだいぶ違う。

野菜つくりをしていると根気とやさしさが必要であることを実感する。自然や野菜は生き物である。こちらの意向に合わせてはくれない。こちらが合わせないといけない。春は種から播くものは霜に気をつけないといけないし、夏に蒔く種は水が欠かせないがつい面倒でパスすると芽は出てこない。奥義なんて言うと大袈裟だが深い、毎年一つか二つ教えられて来年につなげればと思っている。それと連作の問題があるから今度はどこにといつも春になると悩まされる。正直、買った方が安いし面倒だがそのくらいのところで何かやれることは大切なことかもしれない。




最後の収穫


今年は玉ねぎをやめてニンニクだけにした。
今年は目が出るのが少ない。遅かった所為かな?
「目が出ない」のは我が人生に合わせてくれたのか
春が楽しみである。

来年の春まで



こちらも

2017年11月30日木曜日

見えるということ


john 9:41


イエスは彼らに言われた。「もしあなたがたが盲目であったなら、あなたがたに罪はなかったでしょう。しかし、今、『私たちは目が見える』と言っているのですから、あなたがたの罪は残ります。」

ヨハネの福音書9章のことを書きながら最後の節を書き忘れてしまった。

高橋三郎著「ヨハネ伝講義」にはこの箇所をこように書いておられる。
「君達が本当に自分の盲目に気づいていたら、最後まで光に反抗するような狂いじみた倒錯には陥らなかったであろう。生まれながらの人はすべて、神の真理に対しては盲である。この生まれながらの盲人は、いわばこれを象徴的に示す存在であった。だが、自分の盲目を知って、開眼を祈り求める者には、救いの道が開かれているのだ。しかし君達は、本当は盲なのに、なおも『見える』と言い張る。この思い上がった自信の故に、真の光に至る道を、君達は自ら拒否しているのである。だから、罪はいつまでも君たちにこびりついて離れないだろう。この意志的犯行が、つまり罪の本体なのだ。そしてこれを支え、助長するものは、自分の正しさを主張する心(自己を義とする心)である。――この厳粛な宣言をもって、九章の終わりを告げた。」とある。

5節に「わたしが世にいる間は、わたしが世の光です。」と言われた。イエス様を否定しているということは光を否定しているということでもあるから彼らにとって神は見えないということであろう。まさに「見える」というところに罪がある。今日でもこのことを見ることができる。神を全く否定する人だけでなく、キリスト者も知っていると言いながら実はほとんど知っていないということがあるのではないだろうか。ここに謙虚に生きる姿勢が求められる。私も然りである。

聖書雑感



john 9: 1
さて、イエスは通りすがりに、生まれたときから目の見えない人をご覧になった。

9章は41節あるが全体が一人の盲人とイエスさまを含めて彼に関わっている数人の人達が登場するのみである。

まず弟子たちである。
「先生。この人が盲目で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか。両親ですか。」
と質問している。
彼らの関心は「誰の罪で彼は盲目になったのか」のようである。イエス様と一緒にいるなら癒しを見ているのだろうに「哀れに思って目が見えるようにしてください」くらい言えなかったのだろうか。その人の側に立って何が大切であり何が大切でないかを考えるべきだが往々にしてそれは二の次になり易くどうでもいいことで議論してしまいがちになる。心しなければと思わされる。

弟子たちの質問に対してイエス様は、
「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。この人に神のわざが現われるためです。」
イエスは、こう言ってから、地面に唾をして、その唾で泥を作られた。そしてその泥を彼の目に塗って、『行って、シロアム(訳して言えば、遣わされた者)の池で洗いなさい。』と言われた。そこで、彼は行って洗った。すると、見えるようになり、帰って行った。」

イエス様の癒しにはことばだけで癒される時とこのようにして癒される時とがある。なぜだろう。
ここを読んでいるとナアマンがエリシャにヨルダン川で七たび身を洗いなさいと言われて、仰々しく行って癒してくれるものと思っていたから激怒する。しかし、しもべたちに諭され、言われた通りにすると彼の体は元どおりになったことが第二列王記の5章に記されている。
「信仰は聞くことから始まります。聞くことは、キリストについてのことばを通して実現するのです。」(ロマ10:17)のみことばを思い出す。単純に聞き従うことは簡単なようで難しい、その大切さを教えているような気がする。

近所の人たちや彼を知っている人たちの驚きは想像に難くないが落語に出て来る長屋の連中と変わらない。喜んでくれるより、「何で、何で」と好奇心の方が強く、時の指導者的立場のパリサイ人のところに連れて行くのは当然か?

「イエスが泥を作って彼の目を開けたのは、安息日であった。」とある。

イエス様は挑戦的である。シロアムの池もイザヤ書にこのような個所がある。
「この民は、ゆるやかに流れるシロアハの水を拒み、レツィンとレマルヤの子を喜んでいる。」(8:6)
シロアハはシロアムであり、レツィンはアラムの王、レマルヤの子はイスラエルの王ペカである。神を捨てて、彼らと同盟を結ぼうとしている姿をイザヤはこのように嘆いている。

泥を塗るのも労働であり、麦の穂を手でもむのも労働である(ルカ6:1-2)
「あなたがたは神の戒めを捨てて、人間の言い伝えを堅く守っているのです。」(マルコ7:8)、「あなたがたに尋ねますが、安息日に律法にかなっているのは、善を行うことですか、それとも悪を行うことですか」(ルカ6:9)とイエスさまは言われた。
安息日でなければ何も問題が起こらなかったであろう。ある種の問題提起である。イエス様はこのようにして隠された本質を明らかにされる。
信仰的なものであると信じていたものが実は単なる昔の習慣であったりすることがある。或いは信仰として決断したことが単なる自己義認であったりすることがある。心しなければならないことがここにもある。

パリサイ人が両親に彼のことを聞こうとしたとき、両親は、このように答えている。
「しかし、どうして今見えているのかは知りません。だれが息子の目を開けてくれたのかも知りません。本人に聞いてください。もう大人です。自分のことは自分で話すでしょう。」(9:21)と係わりを避けている。両親は会堂から追放される(22節)ことを避けるためにこのように言ったようである。両親を責められない。自分の中にもこのような姿をよく見かける。面倒なことに関わりたくない。不利になりたくないまことに不信仰である。

癒された盲人を見ると彼の側にいたのはイエスさまだけで親を含めて皆彼の対極にいたことがよくわかる。彼の姿は自分であり、弟子や近所の人は勿論、パリサイ人も両親もわたしでもある。

2017年11月24日金曜日

わが家の冬の風物詩?


銀杏(イチョウ)と言えば東京都の都木?である。東京はどこもかしこも銀杏(イチョウ)の木と言えば言い過ぎだがあちらこちらと見かける。しかし、こちらに引越して来てこちらでもよく見かける。近くの公園にも数本あって秋には黄色の葉が美しい。散れば散ったで黄色のじゅうたんが敷かれたようで綺麗である。役所の落ち葉の処理は大変だが…。その中に3本ばかり実をつけているのがある。時折行って落ちている実を拾ってくる。すでに拾っている人が居るみたいでそんなに落ちてはいない。その中の1本の木の周りにはたくさんの実が落ちているが小さいので誰も拾っていないようである私も拾わない。少しづつ拾ったのを軒下にまとめて置いて実の周りが腐りかけた頃に中の種を出してそれをよく洗って陰干しにしている。この実の皮?が臭うので衣服につかないように注意してやっている。種の保存ではないが動物が実を食べないようにとの配慮かなと思ったりしながら作業をしている。最近朝食の後にこの実(銀杏)を石油ストーブの上で焼いて食べている。銀杏と言えば茶碗蒸しくらいしか記憶になくそれほどおいしいとは思っていなかったが焼いて食べたら実に美味しい。買ってまでもとの思いもあり茶碗蒸しの銀杏もそれほど食べたいとは思わないからこれがなくなったらおしまいになる。軒下にはまだ少し残っており、もう少し拾ってみるかなとも思っているが…。

最近は家全体の暖房や床暖や排気を外に出す石油ファンヒーター或いは普通のファンヒーターが殆どで従来の石油ストーブは少なくなった。少なくなったストーブはわが家にあり、これがとても便利でお湯を沸かしたり、朝食の牛乳を温めたりしている。時にはパンを焼いたり餅を焼く、それに温かさが直接感じられるということもいい。勿論暖房器具で一番火事の心配のある器具でもある。それ故ストーブの脇に消火器を置いている。

生活が快適になって行くようになると便利なようで何か大切なもの素朴なものが忘れられていくようで寂しい。ストーブも然りで安全のためにはとの思いもよくわかるがそれでもである。便利さ快適さは「神」を脇に置いていくような気がするがそう思うのは自分だけだろうか。昔は生きるとはある種の厳しさがあった。冬であれば寒さに対処していかなければならない。寒さに耐えていくのである。それがなくなったら人は色々な「耐性」に耐えられなくなっていくのではないだろうかと懸念する。自分がどのようであれ、神を必要としている状況を生み出していかなければならないなぁと思っている。それはある意味で快適なものではない生活であろうと思う。困難を伴うかもしれない。でもそれが翻って益としてくれるような気がする。どこに幸いがあり災いがあるかを教えられる思いがある。

2017年11月23日木曜日

冬きたりなば春は


このところ朝起きて温度計をみると10℃を割って毎日一度づつ低くなっている。今日はそれほどでもなかったが昨日は7℃だった。今まで玄関がガラス窓のようになっているので他よりもヒヤッとしてさらに寒く感じていた。それで断熱用のラップを買ってきて貼り付けたらヒヤッとする感覚がなくなり、どの部屋も同じような温度になったので気分的にほっとしている。だからといって暖かくなったわけではないので今月末から3月末まで寒さに耐えて行かなければならない。

「冬来たりなば春遠からじ」という言葉がある。しかし、暦から言えば11月は秋であり、3月は春である。冬が来ても春は遥か彼方にしかない。「春遠からじ」は2月も半ばを過ぎた頃にもう少し我慢すれば春が来るなぁという感じなのである。それと日も短くなって来ているからこれも寒さに追い打ちをかけるようなものでもある。この間ネットで調べたら松本になるが最も早く陽が沈むのは12月6日の16時38分01秒、最も遅い日の出は来年1月7日6時54分52秒であった。日が延びたなぁと感じるのは2月も半ばに入ってからであろう。それまで忍の一字で頑張ろう。