2016年11月29日火曜日

おのぼりさんが行く

26日に東京近辺に住んでいる中学のミニ同窓会があって声をかけてくれたので、孫が喘息で入院している見舞いがてら東京に行って来た。移動手段は一番安い地元の高速バスを利用、土曜日ということもあって臨時便も出ていた。以前乗った時はウイークデーの所為か空いていてふたつの座席を使える程だった。小型で少し窮屈だったからそれ以来アルピコや京王を使うようにしている。といっても2-3回しか利用していないが…。今回は大型であったがアルピコや京王に比べると狭い感じ、それにこの会社は普通の観光バスだからトイレがついていないので行きも帰りも談合坂でトイレ休憩をする。

新宿発着は新宿バスタから2階で降りて4階から乗る。駅と違って乗るバスも時間も決まっている人が来るからか人が行き来するところは何となく狭い感じがする。

好きな時間の予約が取れなくて朝一番の6:30のに乗るが安曇野や伊那方面から拾って来るから予定よりも15分も遅れてきた。でもこの会社は茅野、原村、富士見のバス停に停まるだけで新宿バスタまでノンストップ、他のは東京に入ると乗り降りする人がいなくとも各バス停に停まったように記憶している。

6時前はまだ暗い、前は勿論行き交う車もない。少しづつ明るくなって来ると同時に行き交う車も増えてくる。少し早めに着いたがバスは無し、数人がバス待ちをしている。定刻にバスが来たので乗ろうとしたらあなたは次のバスですと言われる。その次が中々来なくて15分待たされた。茅野、原村、富士見と数人くらいづつ乗ってくる。電車やバスのいいところは本が読めることである。この時にと買っておいた本を早速読み始める。そのうち眠くなり、本を閉じて眠る。そんなことを何回か繰り返すうちに新宿に着く、といってもいつものことながら三鷹あたりからノロノロと走る。外の風景を見て、ここはあそこはどこだろうと思い巡らしながら何故か懐かしさを感じた。かつてはよく車で通った地である。

少し早く着いたので中央線ではなく、山手線を半周することにした。電車はガラガラで座れる。老いも若きも外国人もいれば旅行者もいて色々である。人の乗り降りや周りの様子を見る。皆スマホやタブレットでシニア向け携帯なんて恥ずかしくて出せない。ガラケーを持ち、物珍しそうに目が動いているのは完全におのぼりさん。目黒、五反田、大崎は懐かしい。様変わりした大崎を見ているとまさに隔世の感がある。私が就職した会社はこの駅からだった。その当時は何もなく、明電舎の工場があり、それがソニーに変わり今は高層のオフイスビルになっているようである。

神田の駅も懐かしいので降りて歩こうかなと思った
がやめて秋葉原から歩くことにした。駅の下は完全に様変わりしており、かつての面影はない。それでもガード下の小さい店は相変わらずであるが地方の駅前商店街のような感がする。そこだけが今も変わらずであるが扱っているのは昔と違っているようだ。もう抵抗とかコンデンサーを売っている店はない。本屋のおばさんは変わらずただ年取ったなぁと…。二十数年前の話だがあの時はまだ若かった。

道路を渡って、以前勤めていたビルがある。店は閉めたが○○無線と屋上の看板にあるから会社はやっているようだ。免税店になっていて店は貸しているのだろう。交差点の角に愛三電機と坂口電熱と店はそのままである。建物が変わらずとも扱っているものが変わっているのにここだけは相変わらずである。まだ昔のままの姿と扱っている製品を見て懐かしさを覚えた。

ゆっくりと周りを見ながら御徒町へと向かう。電気街の面影は薄くなり、AKB48の影響かフィギャというのだろうか人形のようなものを扱っている店が多い。上野の近くまで来て、道路の反対側にいた所為か目で鈴本演芸場を追ったが目にすることは出来なかった。寄って聞く時間も今の落語家の話を聞く興味もそれほどないが若い時ここで旬ごとに落語を聞いていたので懐かしさがある。戻るようにしてアメ横を通るが食べ物屋さんが増えたような気がするがどうだろう。ここもそれほど安くはない。安い物はそれなりのものかなと…。

駅前の吉池がわからなくなり、目の前のお茶屋さんの店員に聞く、訳を話した苦笑いをしながら教えてくれた。どうも行き過ぎたようだ。ここも新しいビルになっていて、1階はユニクロ、店内をウロウロしながらエレベーターホールへそして9階へ、昔のデパートの大食堂みたいに広くて賑わっている。早かった所為か誰も来ておらず一人静かに待ちながらお客さんの様子を見ている。そのうち一人二人と来て一人欠席で13名の同窓会となる。お酒はダメなので食い方にと、男性1名と6人いる女性の半分は分からず。テーブルを横にしているので目の前と脇の人と話すしかない。ここは聴き方に回って、刺身もそれほど…、口も動かさずにひたすら聞く、こういうところは人の話を聞きたいと思う人より自分の話をしたい人が多い。親しく話しかけてくるが間が抜けているので(このような集まりは50代になってから)その間の話はスポイル。協調性のない我に声をかけてくれることは有り難いこと感謝する。カラオケに行くが苦手でもあり、孫の見舞いにとここで失礼する。

3人がパス、赤羽の人と駅で別れ、幕張からの人と秋葉原で別れて新宿へ、小田急で千円チャージしてホームへ、すぐ出る急行に乗ったら快速とかで経堂は勿論成城学園にも止まらず、下北で次を待つ、急行だったので経堂で乗り換え各停に、祖師ヶ谷大蔵で降りて早足で歩き12分で着く、大きな部屋に4人ばかり、9月に会っているから外見はほとんど変わらず病人なのにすこぶる元気、翌日退院とのこと納得する。当初は吸入器やなんかで大変だったみたい。体重は変わらないと言っていたが力がついたのか重く感じた。前に来た時よりかしこくなっているみたいだなぁと、孫馬鹿かと内心苦笑いする。窓からは目の前に東名が見える。カーブして上り坂になってと懐かしい。

抱くのも疲れて話も尽きたので帰ることに。出口を迷いながら外に、そして通りに出て歩くつもりだったがバスが来たので乗ることして成城学園へ、新しくなってから初めてである。迷いながらホームへ、柏行きの急行だったので代々木上原で乗り換えて新宿へ、ゆっくりする時間もないので西口の地下のCCでカレーを食べてバスタへ、すぐバスが来たので乗って一路諏訪へと、しかし一般道路も高速も混んでノロノロ、本を読んでいたので気がついたらスムースに流れていた。いつもながらのとんぼ返りだが東京は行くだけでグーなのである。そして行く度におのぼりさんを自覚させてくれる。