2017年6月26日月曜日

雛の誕生?


「久しぶりの速歩」を書いてから歩いてなくて今朝ゴミ出しをしたついでに歩いてみた。5時ちょっと過ぎだったからごみ出し一番誰も置いてない。この時間だと車もあまり走っていなくて横断しても気をつけることもなかった。折り返しから湖畔を歩き、今日はと思ったが大きなごみがあったので拾いながら歩く、ほとんどきれいだがそれでも何カ所かにタバコの吸い殻が捨ててあり、ペットボトル一本を拾う。パンくずは拾わないがゴミを歩く度に拾っている。目立つほどのゴミではないが湖畔端は少し気になるがそのうちにと思っているが前ほどの元気はないからどうなるか?ただ役場でもらったボランティアのゴミ袋はまだあるのでそれをクリアしないとは思っている。

お店のヒサシの梁の部分に雀が巣を作っている。向かって左は毎年この時期になると古い巣を使って巣作りをしている。地面に藁くずなどが落ちているのでわかる。今年はその反対の右側でも巣作りをしている。去年まで巣作りを仕掛けてそのままだったが今年はせっせと親鳥?が出入りしているのでどうなのだろうと思っていたが最近雛の鳴き声が頻繁に聞こえ親鳥が出入している。戸を開けて出入りするたびに親鳥飛び立ち以前は遠くの方まで飛んでいたのに最近は近くのところで夫婦で様子を見ている。何時旅立つのかそのうちよたよたしながら飛んでいる雛を見ることが出来るだろう。別なところに燕が巣作りを仕掛けてそのままだがここにも巣を作ってくれるとうれしいけど玄関の上の方なので糞が気になるからこれはこのままでいいかもしれない。猫の額ほどの庭に花が咲き、紫陽花も咲き始めた。この季節の風物詩である。


2017年6月23日金曜日

愛するということ


半世紀前以上の話だが中学二年の時に週一時間のソロバンの時間が有った。ソロバンには加減と乗除と暗算があって授業の最後にこの順序で試験があり、ソロバンだけではあるが次の週の席順がこれで決まる。私は加減は上の方で乗除は真ん中、暗算は全く駄目でビリから何番目というものだった。暗算は先生が頭の中にソロバンを置くのだと言われてもどうやって置くんだよと内心思ったことを今でもよく覚えている。自分の実力は暗算クラスかなと思っていたので読み上げ算と掛算割り算の時は答えが出来ても言わずに暗算で勝負をしていた。と言っても残っているのはクラスの1/3以下、後数名というところで勝負をしていたのである。同じソロバンでも計算する種類によってこうも違うのである。

先日、以前いた集会の二組のご夫婦が訪ねてくださった。二十代後半からの付き合いであるから半世紀に渡る付き合いである。家族ぐるみ的な付き合いであり、今は集会の責任からも解放されて、側面から集会を支えている兄姉たちである。昨年の秋に来る予定だったが寒いから春にとお願いし、その春もまだ寒いからとようやく実現した。キリスト者としてどうやって生きているのかなと心配して来てくださったと推察している。感謝なことである。集会の兄姉とも交わっていただいて私たちは付け足しみたいな感じになってしまったが逆に嬉しいことだった。

同じころに前後して結婚して、彼らのどちらも姉妹たちは健康がすぐれないこともあるのかもしれないが兄弟は姉妹に対して優しい。「キリストの香り」をかぐ思いである。それに引き換え私は欠けることの多いことを示された。反省はサル(私もサルだが)でもできるからやらないが教えられること大である。ゆうなれば同じ愛すると言っても彼らは読み上げ算のようであり、私暗算クラスなのであることを教えられた。こればかりは努力してできるものではなく、長年培ってきた夫婦の絆、それに御霊の働きなしでは可能とならない。

家内の一言でイラつき、時には声を荒げてしまう。これが実に些細な事なのである。彼らに見習ってと思うがそう簡単にできるものではない。お互い欠け過ぎるものが多いということでもある。私たちにない彼らの穏やかさを見ていると「キリストの愛」を学ばなければと思わされている。でも出来ていないということは出来る可能性を含んでいるということでもあるからそこに向かって行きます。姉妹たちの健康、遠い距離はそう簡単に来れそうもないがまた来てくださることを願っている。それまでに私たちも成長できればと…。宿題を抱えさせられて…。


愛するということ


列王記第一の三章の後半に大岡裁きではないがソロモンの優れた裁きのことが記されている。内容は一緒に住んでいる二人の遊女が同じころ子供を出産した。二人の遊女をA、Bとしておこう。Aは寝ている時にうっかり赤ん坊の上に伏して死亡させてしまった。ところがAは自分の赤ん坊とBの赤ん坊とすり替えてしまったのでBはソロモンに訴えたのである。訴えを聞いたソロモンは部下に剣をもって来るように命じて、その剣で生きている赤ん坊を真二つにして分けて与えるように命ずる。それを聞いたBは自分の子を哀れに思って、生きている子をAにあげてください。決して殺さないでくださいとソロモンに懇願する。するとソロモンはその子をBに与えなさい。決して殺してはならないと宣告する。

一読すると乱暴な裁きだと思われるがソロモンは生きている赤ん坊の母親がどのような態度をとるかよくわかっていたのであろう。

母親の愛情は自分に不利益になっても赤ン坊の最善を尽くす。愛は決して人を殺すことはなく人を生かすのである。それと時には他者を生かすために自ら不利益を受けることもがある。時には死を選択しなければならない。ソロモンの裁決に異を唱え、赤ん坊を生かしてくれるように懇願したBは死を覚悟したであろう。しかし、Bはそれ以上に我が子を生かしてくれる道を選んだ。

この見本最高はイエスさまである。ご自分の死を通して私たちを生かしめてくださった。そして「私」が生きているのではなく、生かされているのである。心しなければ…。

2017年6月20日火曜日

3章16節


頂いた本の中に…。

「いろいろな3章16節」
john 3:16
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。

1tim 3:16
確かに偉大なのはこの敬虔の奥義です。「キリストは肉において現われ、霊において義と宣言され、御使いたちに見られ、諸国民の間に宣べ伝えられ、世界中で信じられ、栄光のうちに上げられた。」

col 3:16
キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせ、知恵を尽くして互いに教え、互いに戒め、詩と賛美と霊の歌とにより、感謝にあふれて心から神に向かって歌いなさい。

2tim 3:16
聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。

mal 3:16
そのとき、主を恐れる者たちが、互いに語り合った。主は耳を傾けて、これを聞かれた。主を恐れ、主の御名を尊ぶ者たちのために、主の前で、記憶の書がしるされた。


速歩


今月は数回トータルで80㎞位自転車に乗っている所為もあって速歩は初めてで超久しぶりである。次回の速歩も超が付くかもしれない。久しぶりなのでふくらはぎが痛かった。途中に色々なストレッチ出来る器具がある。私はいつも足の踏み台が傾斜になっているところと隣に足を後ろに乗っけて反り返れるのを数分利用している。最近平行棒にも挑戦したりするが腕を移動するほど力はなくてただ腕を垂直にしているだけだが最近少し動かせるようになった。前者は行く途中で後者は帰りにやっている。前者は数分でもやっていると足が軽くなる。そして帰り道はゴミを拾いながら歩いている。この間高校生のボート競技があってそれを見物していたのか何本かのまとまった新し吸い殻が2.3か所にあった。それでも家もあり、ジョギンコースを切れ目なく人が歩いているから岡谷寄りよりは少ない気がする。この年で歩けることは健康な証拠、当たり前のように感じてしまうが感謝すべきことである。聖歌の何番か忘れてしまったが「数えて見よ主の恵み…」とある。まさにそうだ。数えきれない恵みを頂きながら「ない」ものに目が行き欠乏感が先行してしまう。歩くだけでも身体だけでなく色々教えられる感謝。

2017年6月17日土曜日

賑やかになる漕艇場


普段静かな漕艇場も年に数回賑やかになる。
今日はその一つ。
昨日、漕艇場の先にある赤砂岬(岬は大袈裟か)の駐車場に福井ナンバーのトラックが数台のボートを積んで停まっていたので明日は大会があるのかなと…、案の定、今朝から賑やかだったので湖畔に出ると新潟や富山、石川、福井のシャツを着た若者が大勢いて、若者の熱気が伝わってくるようで気持が良かった。湖畔に出て少しスタート寄りのところに新潟高校と新潟南高校がテントを張っていて同じ新潟県人(かつては)なので声をかけようかなと思ったがやめた。ボートなんて縁がないから遠くから大勢来ているのには驚く、それにボートは運ぶのにトラックだからお金もかかるだろうと思うと贅沢なスポーツなのかと思ってしまった。











2017年6月16日金曜日

畑も三年目だがまだまだ試行錯誤である。
同じ作物でも年によって違うが生き物であることを実感する。
ひとつのキュウリの根本から切ったり、ナスの実を誤ってちぎったりでへまぶりを披歴している。
ソフト面はダメである。
この辺は家内の方がしっかりしている。

来年の課題ができた。
粉のような土でしっとり感がない。


もらったねぎが全滅したので新しい試みを

落花生 昼は葉を閉じているが陽が沈むと開いている 

その隣に枝豆を

ズッキーニも順調

哀れ
脇かと思って切ったら幹だった
残された葉頑張れるか

モロッコインゲンも順調


二回目の二十日大根

白菜・キャベツもまぁまぁ



2017年6月14日水曜日

聖書の章と節の数


ちょうど三年前に聖書の章と節を調べたことがあった。その時ネットで検索したら章は合っていたが節はネットより「69」少なかった。口語訳だったみたいだったがそれでもそんなに違うかなと思った。

表を作るのは苦ではない。以前、エクセルで聖書の祭りと暦と12部族の名前の由来、それに人口と幕屋とその配置図を作った。これを手直しして、度・量・衡を加えて一つのものにした。その時感じたことは民数記1章と26章での部族の人数がトータルではあまり変わらないのに26章ではシメオン族が極端に減っている。それとヨセフの子であるエフライムとマナセ、ヤコブは弟を祝福したが1章では確かにエフライムは8000人弱多かったが26章では2万強少なくなっている。栄枯盛衰は彼らの信仰と照らし合わせられるか。それと彼らが出発する順も幕屋の東側からユダ・イッサカル・ゼブルン、そしてレビ族のゲルショムが荷車で天幕と幕屋を運び、次にメラリが荷車で柱や板、そして台座を運び、次に南側のルベン・シメオン・ガド、その次はケハテが祭具や器具を肩に担ぎ、西側のエフライム・マナセ・ベニヤミン、最後に北側のダン・アシェル・ナフタリと続いて進む。大切な幕屋関連は真ん中にあるのは頷ける。図にするとよくわかる。

章は旧約が929章、新約が260章で合計1189章である。節は旧約が23145節、新約は7958節で合計31103節である。数字が合わない時は前の資料と照合しながらやったのでこの数字は間違いないと思う。一番長い節は詩篇119篇の176節で短いのは同じ詩篇の117篇の2節である。章における節の数は旧約は思ったより少なく、新約の福音書、使徒の働きは多い。特にルカの福音書が顕著であり、読めども読めども章が変わらないということである。「章や節を調べて何になるの」と問われたら「何もない」と答えるしかない。度量衡などを作ったのでそのついでにやった。エクセルで数字を打って行けば足し算をしてくれるから楽であることもやったきっかけの一つかもしれない。

2017年6月10日土曜日

ルツ記・一服の清涼剤


通読もサムエル記を終えて列王記に入った。読みながら感じるのは烏合の衆?のような奴隷の民が神に選ばれた一つの民となって歩む様は選ばれた民と言えないほどその歩みは神に対する不平不満で満ちている。まぁ他人ごとではないが…、士師記に至っては落ちるところまで落ちたという感がしないでもない。最後の士師サムソンがペリシテの領主を始め多くの人を死に至らしめたが自らも死してしまうという悲しい出来事で終わっている。

このような状況の中で神は新し展開を見せてくれる。神が新しいことをなさろうとするときは私たちの意表を突く、その最たるものはイエス様が人としてこの地上に来られたことであろう。そのイエス様を神に最も忠実と自他ともに認める律法学者・パリサイ人はこともあろうにこの方を犯罪人として十字架に着けてしまった。罪の自覚のない人間の傲慢さをしっかりと見せてくれる。

イエス様はダビデの子孫としてお生まれになった。そのダビデの曾祖母にあたる人がルツである。

ルツ記は、飢饉のためにユダのベツレヘムから妻と二人の息子を連れてモアブに来た一家の物語から始まる。しかし、その家族も妻ナオミを残して夫は亡くなり、後に二人の息子も亡くなった。残されたのはナオミと二人の嫁である。

飢饉も収まったようなので二人の嫁と帰ろうと帰路につくが途中から嫁を返そうとする。一人の嫁オルパは泣きながら残ることに同意する。しかし、もうひとりの嫁ルツはナオミにしがみついて「あなたの民はわたしの民、あなたの神は私の神」と言って離れようとしない。ナオミは諦めて一緒に帰ることにした。

なぜ、ルツはこのような告白をしてナオミから離れようとしなかったのだろうか。年老いた姑を一人にするのは不憫だったからであろうか。あるいはこの家族の生活の態度を見て「真の神」を見たのであろうか。あるいはナオミの姿を通してかもしれない。ルツは着いて間もないのに落穂拾いをしようと姑に願い出ている。異国の地で右も左もわからない筈なのに忠実で勤勉なのであろう。たまたま親戚のボアズの畑だった。世話役の若者がボアズに「モアブの野から帰ってきたモアブの娘です」と、そして「朝から今まで家で休みもせず、ずっと立ち働いています」と伝える。多分、姑を一人にしないで一緒に来た女として評判だったのだろう。それに加えてこの働きぶりを見てボアズは感動したのではないかと思う。後に自分の財産を捨ててモアブの女にすぎないこのルツを妻として迎えている。そして二人の間に生まれたのがダビデの祖父にあたるオベデである。このみことばを思い出す。

eccles: 3:11
神のなさることは、すべて時にかなって美しい。

今月のみことば


ある人にふたりの息子がいた。その人は兄のところに来て、『きょう、ぶどう園に行って働いてくれ』と言った。兄は答えて『行きます。お父さん』と言ったが、行かなかった。それから、弟のところに来て、同じように言った。ところが、弟は答えて『行きたくありません』と言ったが、あとから悪かったと思って出かけて行った。ふたりのうちどちらが、父の願ったとおりにしたのでしょう。」彼らは言った。「あとの者です。」
(マタイの福音書21章28~31節)

兄息子は返事だけは良かったものの、父親からの頼みを行わなかった。それとは反対に、弟息子はぶしつけな応答をしたことが後で恥しくなり、父親の頼みを実行した。◆それでも兄息子の立派な返事だけは称賛に値するのだろうか。答えは明らかに否である。ある意味ではもっとたちが悪いと言えよう。弟息子は、返事こそひどいものであったが、自分の考えを捨て、父の願いに応えた。どちらが父の心にかなったのかは明白である。◆ひるがえって、私たちはどうであろうか。「神を信じている」と言いながら、結局は自分の思いのままに行動しているなら、兄息子となんら変わるところはない。◆クリフ・リチャードという世界的なクリスチャン歌手がいる。彼はある時、音楽フェステバルで主催者側から「マイ・ウェイ」(My Way)を歌うように頼まれた。よく知られているように「すべては心のきめたままに」(I did it my way.私は自分のやり方で行った)というリフレイン(繰り返し)が情感を込めて熱唱される有名な歌でる。◆曲目を前もって知らされていなかった彼はいまさら断ることができない立場に置かれた。彼はどうしたか。何と、I did it my way.の部分を I did His way(私は神の方法で行った)と一語を変えて歌ったのである。◆演奏は素晴らしいものであったが、終了後、「著作権の関係」で、二度とそのような「替え歌」を歌わないようにと厳重注意を受けたそうである。後にも先にも、「マイ・ウェイ」が「ヒズ・ウェイ」として歌われたのはこの一回だけである。◆しかし、なんという生きた信仰の証詞であろう。私たちにも「信仰」を裏付ける「行い」が自分の生活の中になければならない。なぜなら、もしそうでないと、私たちは「救われて」いないかもしれないからである。
長野キリスト集会6月号 月報より

追記
少しづつうまく打てるようになっているがまだまだである。それと最後の言葉が心に残る。
「救われて」いるか否かではなく、ルカ福音書10章後半を思い出す。心しなければと思う。