2011年5月11日水曜日

浜岡原発停止に思う

浜岡原発の4号機が明日から停止に入る。中電の管内にいる者としては、最も危険だといわれる原発が停止されるのは喜ばしいことだ。国からの依願とはいっても中電の英断に敬意を表する。浜岡は4,5号機で252万キロ弱、3号機は停止中だが稼動しても110万キロである。中電の原発はここだけ、単純計算して9パーセントにも満たない。どのような稼働状況か分からないが他社よりは負担は少ないのではないかなと思う。ただ火力発電が愛知県と三重県に集中しているので地震の時に緊急停止したらどうなるだろうと思う。

政治の世界は複雑である。菅総理が浜岡原発の停止を依頼したのは、本当に原発の危険性を感じてか政治的意図からか分からない。どちらにしても原発の問題点が色々明らかになり、停止するという事態になったのだから電気エネルギーの変換がおきてくるは当然だろう。またそうなって欲しい。柏崎の市議選は原発賛成派が多数を占めたとニュースで言っていた。人々の生活が原発と深く関わっているから危険を感じながらも否とはいえない。一度走り出したら止まるのは勿論、ユータンもできない。これは宿命みたいなものである。

恵を恵として受け取れずに当然として受けって行くとき、人は謙虚さを失っていく。お金でものが動くとき、人間の尊厳が損なわれていく。こんなことを書きながら自分も大切なものを失ってきたような気がする。まだ間に合うかな…。