2011年7月15日金曜日

菅首相

歯の治療に行ったとき、待合室のテーブルに置いてあった週刊誌を手にとってパラパラとめくっていたら菅首相はなぜやめないのかという活字が目が留まった。基本的に週刊誌は読まないがこんな時に時間つぶしに読む、薄っぺらい人間が薄っぺらい雑誌を読んでどうするのとの思いがあるからだ。といいながら50代後半まで、時々ビックコミックを読んでいたし、漫画タイム?作者も題名も忘れたがとぼけた味わいのある漫画を立ち読みをしていた。高尚ではなくて超低俗なのである。

どこの週刊誌かも忘れ、内容も覚束ないが、ただ面白いなぁと思ったのは、鳩山さんも麻生さんも福田さんも安部さんもだったかな?首相を辞めても経済的に困らないが菅さんは即困るようなことが書いてあった。立派な家に住んでいても特別金に困るわけでもないのに、お母さんから毎月庶民が手にすることもないような大金を頂いている人もいた。それもサラリーマンの小遣い感覚以下の感覚だからすごい。そのような人と比較するつもりはないが個人的に議員活動するにはそれ程でもないだろうがグループを持つとなればそれなりにお金を必要とするだろう。それに権力を握ったものがそれを手放すということは難しいようなことが書いてあった。そうだろうなと思う。

一国の首相が何の説明もなく、コロコロ変わる一貫性のなさは、驚くばかりである。自分のそんなところがあるから批判できないけれど感心している。浜岡を停止にするからには脱原発かと思っていたら、これからも原発を推進すると言う。でも最近は脱原発を発言して、身内からも顰蹙をかっている。リーダーがビジョンを語らずして、どうするのと思う。初心者のドライバーは目の前を見るのが精一杯である。少し慣れてくれば目の前を見、遠くを見て車の流れを確認するものである。ドライバーでもこれくらいは必要である。この国の行方は?

菅さんがどういう事情で辞めないのか辞めれないのか分からない。しかし一介のスポークスマンだったら、自分の意見もポリシーもなくてもいいから何となく分かる。これは酷かなぁ?最近はそんなことを考えながらそれをキーワードに発言や行動を当てはめている。別に何処かに司令塔があるのだろうかと考えてしまう。あの人が何を発言し、どのように行動しても日本という国は沈まない。自分が生まれてこの方大きな変化の中にありながら日本は沈まなかった。そこには優れたリーダーがいたからである。そして今日、行き詰った日本がある。脱原発でもそうでなくても利権が絡んでくるのだろう。別に意図しなくてもそうなってしまう。それに目が行く人はいくらでもいる。巨大プロジェクトでなく、利権が絡むことのない裾野の広い、エネルギーの開発に取り組んで欲しいものだ。菅さんがこんなになってしまった。いつものパターンか。