2012年4月12日木曜日

福音





――この福音は、神がその預言者たちを通して、聖書において前から約束されたもので、
御子に関することです。御子は、肉によればダビデの子孫として生まれ、
聖い御霊によれば、死者の中からの復活により、大能によって公に神の御子として示された方、私たちの主イエス・キリストです(rom 1: 2-4)。

聖書に出てくる「罪」とか「福音」は素人では一言で表現できない。精々「罪」は「的をはず」とかすべての人が罪の下にある」(rom: 3: 9)ので、具体的には律法を通して「しかし、罪はこの戒めによって機会を捕え、私のうちにあらゆるむさぼりを引き起こしました(rom 7: 8)とあるように「私たちをとりこにする」くらいの知識しかない。しかし、イエス・キリストが罪を裁くためにこられたというときに、俗にいう原罪に関するものなのだろうに、どこか罪の結果に対して、十字架にかかられたような感じを受けることが多い。キリスト者でもサルのような者は違った捉え方をする危険性はあるなぁと思っている。

「福音」も然りである。「良い知らせ」と言われればよく分かる。しかし、じゃぁ何に対してよい知らせなのか?と問われれば、これも裁きに会わずに天国に行けるくらいの認識しかない。どこかご利益的である。神の栄光とか神の主権とか言葉で言ってもピンとこない。隔靴掻痒のごとくに聖書は分かったようで分からない。素人には難しいがそれでも信じて歩んでいく、他に道が無いから。