2012年9月30日日曜日

何故なのだろう

原発事故が起きて放射能汚染の問題がTVで議論されている時、ある番組で京大の小出裕章先生が真剣に危険性を説いている脇で多分東大の若い先生だと思ったがその脇で冷ややかな顔をしてそれを否定していた。大したことではないようなことを言っていたので専門の先生が言うのだから大丈夫だろうと安心していた。ところがどっこいチェルノブイリと同じように棄村しなければならない人たちが出ているのに何これと思った。

尖閣の問題も石原都知事が東京都が買うと言い出してこんなことになった。中国の品格のなさは問題だが一概に批判できない。十四億円から集まったということはそれだけ関心があるということなのだろう。最初彼は良くTVに出ていたがことが大きくなってから出なくなった。本人が出たくないのか報道機関が取材しないのか分からないがどちらにしても無責任だと思う。

アメリカで牧師がコーランを誹謗してイスラム圏の反感を買ったりするのと同じなのかなぁと思う。かつてスペインがユダヤ教徒からキリスト教徒に改心した人たちを異端尋問して迫害したように自分と違うものを排除するだけでなく抹殺することが神の御心と信じる恐ろしさを覚えたが形は違っても同じことが繰り返される怖さを覚える。「過ちを二度と繰り返しません」この言葉は死語になろうとしている。