2014年6月17日火曜日

二羽の雀

前にも書いたのだが「聖書教理がわかる94章」なるものをパソコンに入れている。ブラインドタッチの練習も兼ねているので、こちらは気持ちなしか進歩しているかなと思っている。しかし、これはやらないとすぐ戻ってしまうので安心はできない。引用されている聖句を聖書を開いて読んでいるから遅々たるものでまだ24章、ちょうど四分の一くらいかな急いでいるわけではないのであまり気にしていない。軒下に雀の巣があることは前に書いた。気が付いたら鳴き声が聞こえなくなったからもう巣立ったのかなと思っていたら最近また声が聞こえるようになった。巣を中心に声と姿を見かける。それも二羽である。今朝もパソコンを打っていると割と大きい声で鳴いている。そうっと窓越しに見ると二羽が巣の近くと窓の庇に止まって鳴いている。たえずキョロキョロしながらちょこちょこと動いている。落ち着きがない。直線距離で2m位かな表情がよくわかる。動くと逃げると思い、そうっと体をずらして二羽を見ている。まだ気が付かないと見えて飛び立つ様子はない。アッシジのフランチェスコは小鳥と話せたとか何かで読んだことがあるが話せなくともすぐ近くに小鳥がいる風景は気持ちいい。フランチェスコのフラくらいの気持ちになる。イザヤ書65章の世界をふっと思い出した。そんな時代になったらどんなに人生?は楽しいだろうなと思っている。キリスト者でありながら否定的発想が根底にあるから何かあるとすぐここに戻ってしまう。それで苦労し、中身のないのとでダブル苦労している。それゆえ「主よ来てください」とそんな時を期待している。