2015年10月1日木曜日

エズラ・ネヘミヤ記を読み終えて

旧約聖書の最後はマラキ書であるが旧約の最後にあたるのがエズラ・ネヘミヤ記である。旧約聖書の真ん中辺にあから錯覚しやすい。
旧約聖書はダビデそしてソロモンの初期が最盛期で後は坂を転げ落ちるように神から離れて周辺国と変わらない体たらくを呈している。神に選ばれた民とは思えない。あるとすれば選民意識だけであろう。しかし、わたしに帰れと預言者を通して語る神の姿は我に語る姿でもあることを実感して民の姿と我の姿がダブる。そういう意味では親近感を抱くことでもある。

どちらかと言うと下降気味の彼らの姿を見せられて少し悲しくなるがこの箇所は国を再建するという前向きの姿勢が見出されてとても読みやすいし彼らの生き生きとしたさまが文言を通して伝わってくる。いつも読んで思うことがある。エズラだけあるいはネヘミヤだけでは完成できなかったであろう。エズラは祭司として律法をよく知っていたであろう。しかし、行政能力はあまりなかったようである。それを可能にしてくれたのがネヘミヤである。この組み合わせが大切である。集会も一人のリーダーシップで大きくなることもあるがあとで問題が起きやすい。責任者も異なった賜物、能力を持ち寄って整えられた集会が出来上がる。そして祝福された集会となる。

エズラ・ネヘミヤのことでもう一つのことを思い出す。ふたつかな?戦後生まれで世界の企業となったホンダとソニーの創業者たちのことである。本田宗一郎は優れた技術者であったがお金に関してはあまり得意ではなかったようである。そこをフォローしたのが藤沢武雄であった。藤沢武雄は勿論のこと本田宗一郎一人では今日のホンダは築けなかった。二人の名コンビが今日のホンダを創り上げたのであるといっても過言ではあるまい。ソニーの井深大も然りで金銭に関してはあまり頓着しなかったようである。これと思ったら行動を起こしてしまう正確な数字は忘れたが資本金の何倍か何十倍かの金額の半導体製造装置を購入したのも一般から見たら無茶なことに映ったであろうことをやってしまう。それをフォローしたのが盛田昭夫である。そしてこのことが今日か少し前かのソニーがあったのである。藤沢武雄と盛田昭夫の働きかわからないがどこか商売上手なところも似ている。今日のソニーはどうなっているかわからないがまだ井深・森田イズムは生きているであろうと信じたい。

就職で東京の大崎駅の近くに住むようになって。少し高台に会社も寮もあった。そのがけ下に明電舎の工場があり、駅前の明電舎はソニーにそして今は高層マンション?が建っているようである。山手線の五反田と品川の中間位に小高い丘のようなところがあって八山と言われていた。その中腹?に東京通信工業の工場の看板が寮の前方に見えた。その看板も間もなく消えてソニーになったような気がする。そんな思い出があり、ホンダは二十歳前後のころスーパーカブができて仕事で乗り回していた。最初のスピード違反はこれで80キロ出して(それでも少し落とした)50キロオーバーで初犯とは言え、当時二万弱だった給料が飛んでしまった記憶がある。当時はブルーバードなどの乗用車よりスピードが出た今はそんなに出ないようになっているようであるがそれとモデルチェンジしても最初の頃とあまり変わらないそれだけ完成されたデザインであるということが言える。エズラ・ネヘミヤをはじめこの二つのコンビを観て素晴しいなぁと思いながら集会の兄姉の賜物が上手に用いられたら素晴しい主の働きが出来るだろうなと思ったりしている。互いにフォローし合える兄姉がうまく組み合わされるといいのだが組み合わせはが難しいかな…。