2015年12月16日水曜日

祝福に満ちたクリスマス会

13日に岡谷集会唯一のイベントであるクリスマス会をハーモ美術館のティーセントホールを借りて行われた。子どもを含めて総勢40名あまりの集まりになっていつもは両手に一つか二つ欠けるくらいの集まりがである。今西由紀・真理子さん母娘の連弾、実に力強い。それもそのはずピアノはスタインウェイにまさるとも劣らないベーゼンドルファー225である。と書いたがピアノの知識はないが館長の関さんがどちらかというと上のようなことを話されていたそうだ。今までマリオのチャペルを借りてアップライトのピアノだったから心苦しかったが今回は心置きなく演奏ができたのではとホッとしている。間に女性たちのコーラスと三綿さんのメッセーッジが入り、メッセージはプロジェクターを使って分かりやすかった所為もあってか皆さん真剣に聞いてくださった。内容に共感された方、話し方が参考になった方、そういうものかと真剣であっても距離を置かれた方と色々であったようだが押しなべて好意的であったことは感謝である。集会に結びつくのは至難の業だが祈りながら私たち自身も整えられていく必要があることを痛感する。松鶴家千とせの「わるかな、わかねェだろうな」をもじって、「できるかな、できねェだろうな」とならないようにとここまでは思うのだがその先が足踏みをしてしまう。

このクリスマス会も今回で5回目になる。少しづつ整えられて今回は集大成のような感じを受けた。
午前中に話をしてくれた今西ご夫妻の息子さんの勇太さん、インドネシアに奥さん茉莉さんと海外宣教に行かれる。そのためにオーストラリアで訓練を受けてこられたからかプロジェクターを使っての分かりやすい福音のメッセージは非の打ち所がない。真理子さんも演奏のみならず曲の解説もしてくださり、エスプリの聞いた解説は中々である。来年は軽井沢で英語での聖書の勉強をなさるそうだ。もう一家総出で奉仕してくださるのは今回が最初にして最後となる。千葉県の市原か5年間来てくださった。遠くて、寒くて、もてなしも不十分での三拍子そろってのことでまことに心苦しい限りであるが彼らのご厚意に甘え、そしてキリストにある者の幸いを覚えさせてもらっている。世の中ではこんなことはあり得ない。

個人的には由紀さんのご両親である桝谷ご夫妻からのつながりがあるのだが切れたと思っていた糸がこのように繋がり、今回のような幸いな働きをしてくださった。そしてそのきっかけを作ってくださった三綿さん、この小さい集会に毎月(1月、8月はパス)ご家族で時には経堂集会の兄弟姉妹を連れての奉仕、伝道者として、集会の責任者として、忙しい中での奉仕にどれだけ助けられているかわからない。ここにも主にある者の幸を味合わせてもらっている。「受けるよりも与えるほうが幸いである」とイエス様の言葉として伝えられているが私たちは受けるだけなのである。どこかで返すことができたらと思うがこれは夢のまた夢の話、年の〆のようなクリスマス会、今回ほど感謝と喜びに満ちた集会はなかった。みんなが心ひとつにして祈ってきたことがよかった。一つ気になることはあったがこれは来年の祈りの課題として…。小さき群れのために労してくださった三綿ファミリー、今西ファミリーありがとうございました。