2016年4月28日木曜日

諏訪湖アダプト

諏訪湖を32に区割りして湖岸の清掃をしている。企業、学校、グループと色々である。集っているシニアのグループもそれに参加している。これを「諏訪湖アダプト」と言っている。我がグループは温泉街の先の日赤の前あたりが担当区域である。区域によって違うが一区域に一から三つのグループと様々である。ちなみに我がグループの区域は日赤の看護学校と一緒であるが会ったことはない。清掃日を決めているわけではなく個々に都合のいい日にやっているようでもある。20日に花見を兼ねて(もう散っていたが)清掃に参加してきた。22名ばかり、ワイワイおしゃべりをしながらの清掃である。それでもしょっちゅうやっているわけではないのでゴミはあちらこちらと散見する。いつもは45ℓのゴミ袋に三つ位なのに今回はいつもより多くて45ℓのゴミ袋に5つも出た。

湖岸を1.5キロの距離を往復して速歩をやっている。ジョギングコースやその周りは小さなゴミもほとんどなく、実にきれいである。しかし、水辺に降りることはないのだがそれでも白いビニールなどが散見する。家から100mほどで湖岸に出る所に住んでいて、時折歩いている身としては、対岸のごみは拾っても家の近くのゴミはわれ関せずの感は如何なものかなと自問していた。それで今日作業着を着て出かけてきた。朝の6時前にまず漕艇場の方からと始めた。ゴミはそれほどと思って始めたがやりだすとスーパーの袋を持って行ったのだがすぐいっぱいになってしまった。砂利のところにはボートがひっくり返して置いてある。そのうち高校生が来て練習を始めたので場所を変えて、一時間位して帰ってきた。ゴミ袋2つに空き缶数個。午前中は畑に行って、午後の出来なかったところをやったがここでもスーパーの袋2つにもなった。木とか土に帰るものは拾わずビニールとプラスチック、ペットボトルなどである。

拾っているとタバコのフィルターの多いのに驚く、別のところだったがスーパーの袋ほどの大きさのものには食物のカラ容器にオムツまで入っていた。よく草むらに捨てるよなぁと感心してしまった。よく道路の分離帯に食べた後の容器を捨ているのをよく見かける。特に交差点のところは多い。あの心理がわからない。歩いていると邪魔だなぁと思うことはあるが車だったら座席の脇でも置いておけば邪魔ではないじゃない?運転手やオムツを捨てたお母さんのモラルを問う。こんなの見ると悲しくなる。これから週一くらいで速歩をしている所の水辺のゴミを拾っていきたい。

朝出るとき人はいないのだが一歩踏み出す勇気がいる。ちょうど朝連の人と行き交うところにいたが挨拶したのは一人の女子高生で後は黙って友の前を通っていった。コーチの人かな顔を上げたら目が合ったがどこか戸惑っているような顔していた。それを見て、少し場所を移したのだがごくろうさんの一つも言ってもと思ったがこんなことをやる人はほとんどいなかったのだろうなと納得する。やって綺麗になったというほどのことでもない。どこか気になって始めたこと自己満足の域を出ない出来事である。