2016年11月14日月曜日

芸術ディ-

集会のI姉妹のお父さんが亡くなられ、葬儀をJAの「虹のホールたまがわ」で行われた。信州でJAが経営している葬祭場「虹のホール○○」というのが五十ヶ所近くあり、諏訪地区でも三ヶ所もある。 今年、「虹のホール」を利用された遺族の方々を慰めるために「虹の花束コンサート」というのが催されている。今年で六回目だそうで、松本市民劇場で行われた。無料で遺族だけでなく、姻戚、知人でもよいので誘われて行って来た。

毎年ここで行われているのかわからないがスタッフがあちらこちらと大勢いる。亡くなられたということはその連れ合い、家族もそれなりに年をとっておられるからとの配慮かなと思ったが…。ここのメインのホールは素敵だった。伊藤豊雄氏が設計した劇場とのこと、奥行きが少なく横に広がっている。それに舞台が低い、もしかしたら上下するのかな?どこでもそうだが一番前の客席はオーケストラの演奏ボックスを兼ねている。岡谷市にあるカノラホールとは大分趣が違う。

ピアノ、ヴァイオリン、フルート、サクソフォーンで短い曲、12曲のミニコンサートのようだった。演奏の前後に奏者が曲の説明や亡くなられたご家族のことへの配慮の言葉でクラシックの演奏会という趣は薄らいだ感がしないでもない。しかし、クラシックの演奏を聴くのは久し振りであり、諸々の音楽に疎い者であっても聴いていて生はいいなぁと思った。こんなこと言ったら失礼だが確かに年配の人が多かったから(若者はあまり見かけない)聴衆のそれなりを知ってのことかなとも勘ぐった。

午前中は知人の弟ご夫妻が陶芸展を松本の蔵シック館で展示しているのでそれを鑑賞した。器に花やモミジなどを活けて、コラボのようなことをやっていた。これも素養がなく、どちらかというとお花やお茶を活けたり点てたりする人向けかなと思った。素人であるが好みとしては今一だが活けている花や枝が専門家が行けるとこうも魅力的になる者かと感心する。チョットしたことなのだがプロは違うとあらためて認識する。別な方であるが二階には織物をマフラーやショ-ルを展示していた。軽くて、手織りの所為か肌触りもよくて、こんなの首に巻いていたら暖かさよりもおしゃれになるなぁと思ったがこれも縁なし。

この通りは昔の建物とか蔵の多い中町通りと言われるところで色々な商品もそれに見合ったような商店街であるから明らかに観光客と思われる人も多く見かけられた。そういう意味で城下町は風情がる。館のすぐ近くに松本民芸家具の展示場があって誰でも観れるので覗いたらたくさん展示されていて、なかなかいいなぁと思った。特に椅子は種類が多く、座り心地がとてもいい。それに思ったより軽いのには驚いた。お値段も手が届きそうだがそのお金があれば別なものへと行くだろうなと思い、家もそれなりのものでないと映えない。我が家には合わないことで納得する。

そこから数分のところにある松本市美術館に移動する。新しい建物のようだ。ここの前庭に草間彌生の作品が展示されている。彼女は松本市出身らしい。常設の展示場にもなっている。前庭の展示品はチューリップのようだが茎や色がグロテスクである。ピカソ同様にどこが芸術なのかと素人は思うがしかし凡人にはできない業であることは確かである。独特の才能のある方であることは私でもわかった。若い時に精神的な苦しみを経験されたとかそこからこの作風も生まれたのだろうなと思ったがどうなのかな?

芸術とは対極にある者が幾つかに触れ、やはり芸術の対極にいる者であることを確認させられたがでも美しさ綺麗さ感性調和なるものを経験さしてもらった。人が成してもこれだけ美しく調和が保てるのに神が創られたものに多くの人は目を向けようとしない。我も然りである。神の創られたものの素晴らしさを証ししていかなければと確認させられた。朝出かけて夕方近く帰ってきたがいささか疲れました。でも色々普段目にすることも耳にすることもないものに触れたことはとても良かった。